昨日は拍手をたくさんありがとうございましたm−−m
お見舞い拍手と受け取りました^^ お気遣いありがとうございます!
ところでPSUのサンクス、なんと後半は
NPC参戦OKだそうですよ!
(大事なことなので大きい文字にしました)
頑張ってこの連休は参戦出来たらと思います^^
ソニチさんは分かってくれてるぜ!
思わず目から熱い汗が流れたので、こちらにお礼を申し上げに行こうと思っています。
セガ(ソニチ)さんにありがとうを伝えようオンやブログでネタで「NPC連れて行きたいよねー」と話はするけど、実際に声を送っている人が
いるからこそ、形になってると思うんですよね。
ポータブルの2にはアイテムコンテスト採用のものが反映されるそうですし。楽しみですね!
閑話休題。
実はここ数日、とある本にはまっていました。
第141回直木賞を受賞された北村薫さんの本です。
実は受賞作はシリーズ3部作の最後の本なのですが、1と2が文庫化されていたので(1は
単行本を図書館で読みましたが)買ってしまいました。
…まあ待ちきれず最後の本は単行本で買ってしまいましたけど…。
お話の舞台は昭和初期。
戦争という現実がまだ遠く、しかし貧富の差が歴然としてあった時代。
本好きの主人公の日常も楽しいのですが、やがて主人公は自分を取り巻く世界とは
違う現実にふれることになります。
そのなかに「山村暮鳥のなのはなが何度も繰り返される詩」というのが出てくるのです。
「風景」という題ですが、読めば誰もが知っている詩ではないかと思います。
北村さんの言葉のマジックもすごいのですが、しみじみ思ったのは本というのは
ホントいろいろなところでつながっているのだなあということ。
この「なのはな」の詩、今から二十年前ぐらいに私は別の小説で読んでいるのです。
新井素子さんの「グリーンレクイエム」という話なのですが、主人公の女の子の
あこがれる風景(なぜあこがれるのかは読んでいただいたらわかりますが)として
出てきます。
今でも覚えているぐらい強烈な思い出なのですが、実はその詩がでてくるのは
ほんのちょっとなんですよね。
そして今回北村さんの「鷺と雪」でその詩が出てきてびっくりしたのです。
この話では「なのはな」だけではなく、暮鳥の詩集自体があるものを示唆していています。
冷徹に、しかしきっぱりと遮断される自分の世界。
この後に何があったのか、今を生きる私たちは知っていますし、このあと主人公たちが
たどるであろう道筋も想像は出来ます。
でも主人公が口にするとおり、「生きて前に進むしか」出来ないのです。
それが生きている人間として出来る唯一の事。
そして何が起こったのかを調べることもまた、生きることの一つかなと考えさせられた
本でした。